SOMBRELO 10年の歩みとこれから

SOMBRELOは2026年4月9日で10年を迎えます。
これもひとえに、長くご愛顧いただいているお客様、お取引させていただいている皆様、そしてプロダクトやクリエーションにご協力くださっている方々など、本当に多くの支えがあって続けてこられたことだと確信しております。
改めまして、心より感謝申し上げます。
いつもあまり自分のことを語ることはないのですが、この機会に、僕自身の服にまつわる簡単な歴史と、この10年を振り返りながら、これからに向けた想いを少し綴らせていただければ幸いです。
いわゆるファッションというものに興味を持ち始めたのは、小学校3、4年生の頃でした。
当時、3つ上の姉がいて、家にはファッション誌が転がっていました。記憶にあるのは『Zipper』です。
何気なくそれを見ていたとき、おそらく広告ページだったと思うのですが、リーバイスのパッチのデザインに妙に惹かれ、「これを履きたい」と強く思ったのを覚えています。
なんとかキッズの501を買ってもらい、そこから僕の服の歴史が始まったような気がします。
その後、エアマックス、Gショック、古着、アウトドア、ストリートなど、さまざまなものに惹かれていきました。
高校生の頃からは、コム デ ギャルソン・オムにかなりハマり、部活もせず、工場勤務のアルバイトで稼いだお金をひたすら服につぎ込んでいました。
なぜそこまで惹かれたのか、当時はうまく分かっていませんでした。
ただ今思うと、当時のデザイナーが田中啓一さん(爆笑問題の田中裕二さんのお兄さん)で、工学部出身、エンジニアのバックグラウンドを持ち、構築的なアプローチをされていたことに、無意識に強く共感していたのかもしれません。
田中さんが退任されてからは、少しずつ興味も薄れていきました。
大学時代にはセレクトショップ(トゥモローランド)でアルバイトをしていました。
その中で、デザイナーという存在だけでなく、ファクトリーやものづくりそのものに強く惹かれるようになっていきました。
イギリスのジョン スメドレーのようなブランドを知ったのもこの頃ですし、世界各国のいわゆる“名品”と呼ばれるアイテムにも興味が湧くようになりました。
当時は大手のセレクトショップにも面白いコンセプトの店があり、時間があれば足を運んでいましたし、今はなき新宿のバーニーズ ニューヨークにも憧れを持ち、毎回緊張しながら足を運んでいました。
品揃えはもちろん、ディスプレイも素晴らしく、多くのセレクトショップ関係者が毎月のように見に行っていた記憶があります。
そんなふうに大学時代にすっかり“もの”にハマり、ご縁があって百貨店の三越に入社することになりました。
就職活動中にスーツにも強く惹かれていたこともあり、「絶対に紳士服に携わりたい」と思っていました。
内定者研修の際、女性の先輩に「どうしたら紳士服に行けますか?」と聞いたところ、「髪を伸ばしてパーマをかけたら行けるよ」と、まるで都市伝説のようなことを言われ、それを真に受けて卒業時には本当に髪を伸ばしてパーマをかけて入社しました。
希望面談でその話をしたら半笑いされたのですが、結果として本当に希望の部署に配属されるという、今思えばちょっとした笑い話でもあり、必死さが伝わったのかもしれません。
最初の配属フロアは「特選紳士」。
シャルベ、ブリオーニ、ブルネロ クチネリなど、世界的なブランドや逸品に囲まれて社会人生活が始まりました。
その後いくつかの部署を経験しながら、最後は会社統合後の伊勢丹新宿店5階のスーツ売場に配属となり、退社しました。
当時の僕にとっては、周りに追いつけないほど厳しい環境で、前向きな気持ちで辞めたというよりも、
「何か自分にできることを見つけたい」
「自分なりの仕事をしたい」
という気持ちに突き動かされていたように思います。
ただ、今振り返ると、あの経験は独立した後の自分を大きく支えてくれていると感じています。
長くなりましたが、ようやく独立の話になります。
ただ、始めたお店はレディースのブティックでした。
ここまで読んでくださった方の中にはお気づきの方もいるかもしれませんが、僕はずっとメンズ畑で、レディースの経験はほとんどありませんでした。
「なぜレディースなのですか?」という問いは、この10年ずっといただいてきたので、この機会に簡単にお答えしておきます。
会社を辞める前、自分で何かを始めるのであれば、小さくてもいいので社会の中で何らかの役割を担いたいという想いがありました。
自分の経験を必要としてくれる人に活かせて、なおかつ自分自身も楽しめることは何か。
そんなことを考えていたとき、同期の女性からふと「コマちゃんがレディースを提案したらいいのに」と言われたことがきっかけになりました。
当時は不安しかありませんでしたが、いわゆるメンズ的な“プロダクト”の視点で背景やスタイルの作り方を提案しているレディースのお店はほとんどなく、だからこそ、その価値を求めている方が少なからずいるのではないかと感じました。
そのわずかな可能性に賭けてみようと思ったのが、SOMBRELOの始まりです。
当初からのアイコンはLauren Hutton。
そして大切にしてきた価値観はWork Elegance。
10年経った今でも、その軸は変わっていません。むしろ、より強くなっているように感じています。
とはいえ、オープン当初は本当にお客様が来ませんでした。
知り合いの方や、物珍しさで扉を開けてくださる方はいても、それが続くわけではありませんでした。
あまりにもお客様が少なく、店を閉めて代官山T-SITEに行き、ひたすら雑誌やアートブックを読み漁っていた時期もありました。
T-SITEにいる時は少し安心できるのですが、お店に戻るとまた気持ちが折れそうになる。
そんな日々でした。
それが2年ほど続きました。
何とか糸口を掴みたいと、先輩経営者の方のアドバイスで地方のお店を見に行き、勉強させていただいた時期もありました。
お金もなかったので、格安航空券を使い、カプセルホテルに泊まりながら、それでも前に進みたい一心で動いていました。
その時期に精神的な支えになってくださった方々の存在は、今でも感謝してもしきれません。
3年ほど経った頃から、少しずつですが、通りがかりでウインドウを見て入ってくださる方や、SNSで知って来てくださる方が増え始めました。
4年が過ぎた2019年頃には、今もモデルを中心にさまざまに協力してくれている岡本さんが加わり、少しずつお店が回り始めました。
ところが2020年、コロナショックが起き、また一から仕切り直しのような感覚になりました。
リアル店舗の意味や在り方そのものが問われ、世の中の厳しさを改めて痛感しました。
同じ頃、神戸の婦人靴工場の方をご紹介いただき、自社商品づくりやブランド運営に関するアドバイスをさせていただく機会をいただきました。
そこからチーム編成や営業、MDなども経験し、SOMBRELOと並行して走り続けてきました。
さらにコロナが落ち着いてからは、店舗内装を一からデザインする機会もいただきました。
がむしゃらに走り続ける中で、気づけば今に至っていたというのが正直な実感です。
30代では本当にさまざまな経験をさせていただきました。
そのことに深く感謝すると同時に、40代からは今一度、SOMBRELOそのものをより磨いていきたいという想いが強くなっています。
今、10年という時間を経て、自分の胸に手を当てた時に浮かぶのは、
「よくやったよ」という声と、
「変わっていないな」という声です。
前者については、まだまだではありますが、当初思い描いていた“10年”という時間をつくることができたという意味で、一定の価値があったと感じています。
後者については、良い意味もあれば、見直すべき意味もあるように思います。
大切にしてきた考え方や哲学を守りながら商いを続けてこられた一方で、それが独りよがりになっていなかったか、という問いもあります。
これまで、自分ひとりが何とかやっていける程度の利益で商売を続けてきたのも事実です。
ただ、それでは関わってくださっている方々に、きちんとお金を循環させることができていないとも感じています。
どこかで、哲学を守ることと利益を上げることは両立しないものだと思い込んでいたのかもしれません。
けれど最近は、それもまた違う見方があるのではないかと思い始めています。
自分が本当に大切にしていることを、きちんと発信し、伝えていくこと。
それは、対面での会話かもしれないし、クリエイティブかもしれないし、文章かもしれません。
それぞれが、それぞれの正義を持って生きている。
僕はそう信じています。
だからこそ、その正義を頭で決めつけるのではなく、
自分が大切にしていることを、言葉や表現を通してまっすぐに伝えていきたい。
そして、その想いに少しでも共感してくださる方々と、これからの時間を共につくっていけたらと心から思っています。
長くなりましたが、4月4日(土)〜19日(日)の期間中、感謝を込めて10周年のイベントを開催いたします。
期間中は、10周年記念のトートバッグと缶バッジもご用意しております。
4月4日(土)・5日(日)の2日間は、徳島の「黒白」さんによるお菓子と珈琲をご用意し、皆様とお会いできることを心より楽しみにお待ちしております。
ブティック
SOMBRELO 駒澤慎也